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事例紹介

~宮城県6次産業化サポートセンターの事例紹介~

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燦燦園のいち氷

事例3:いち氷

相談者:株式会社燦燦園

主な支援内容:プロモーション、資金調達


3代目としての挑戦を

祖父が農業をはじめ、

父の時代に故郷、山元町が

いちごに特化した産地になった。

自分も小さいころからいちごが大好き。

それも、家のいちごが一番おいしいと思って

育ってきたと話す深沼陽一さん。

株式会社燦燦園の代表取締役、深沼陽一さん(37歳)

最初は苦労していたが、

自宅前に看板を掲げてからは

徐々にクチコミで広がり、

自分たちが作ったいちごを

自分たちで決めた価格で売れるように。

この時、一農家だった深沼家は

深沼農園となった。

「農家として経営者として、

父は最も尊敬できる先輩。

その姿を見てきたので、

自分も事業を継いだら、

さらに大きく発展させたいと考えてきました」

深沼さんは20代前半で就農。

父のもとでいちご造りと経営を学んだ。

それから数年後の2011年11月。

震災を機に法人名を株式会社燦燦園と変更し、

深沼さんが代表取締役に就任。

父はいちご栽培の専門家として、

息子の会社の土台を作るサポート役にまわった。

その後、燦燦園のいちごは次々と販路を拡大。

有名デパートの高級果物店やケーキ屋さんなど、

売り場や利用者の用途に合わせ、

サイズ、完熟度、パッケージデザインなども細かく変える

自在な対応ぶりが人気となった。

仙台三越の果物コーナー「いたがき」には、燦燦園のいちご棚が設けられている。ギフト用(上段)からレギュラー(下段)まで、粒の大きさやパッケージも違う

もっと手軽に食べてほしいと食べきりサイズのパッケージも

高級果物店に置かれる贈答用の箱。デザインも深沼さん本人によるもの

いちごの品質をチェック、サイズごとにすべて手作業でパッケージングする。若い働き手が多く、活気にあふれた職場

考え抜いてひらめいた「いち氷」

先代たちとは違ったアプローチで、

もっといちごの可能性を広げていきたい。

そんな深沼さんの思いは、

震災をバネにより力を得るようになった。

多くのボランティアが山元町を訪問、

燦燦園にもさまざまな分野の人が関わるようになり、

首都圏などでのイベントに出店する機会が増えた。

深沼さんはケーキ屋さんと協働し、

いちごのスイーツを開発。

各地のイベントで人気を得た。

「でも、ケーキが売れるのは

ケーキがおいしいから。

将来、自社で加工場を持ったとしても、

ケーキ屋さんと同じ味を出せるわけがありません。

もっといちご屋にしかできないことをやりたい。

そう思い続けていました」

その日もイベントに出店中、

深沼さんたちは

悶々と考えこんでいた。

「手元には、

真っ赤な完熟いちごを冷凍したものと

完熟いちごジャムがありました。

目の前にはかき氷の機械も。

それで昔、母が作ってくれた

完熟いちごとコンデンスミルクだけの

かき氷を作ってみたんです」

試しにそれを翌日のイベントで出してみたところ、

「ムードが一変した」と深沼さん。

場の雰囲気にピタリとハマり、

お客様にも大ウケ。

なにより、いちご農家である自分たちの顔が

しっかり出せる商品だと感じた。

「完熟いちごはその日のうちに売れないと

ダメになるから、

小売店が買ってくれない。

だからいちごは、

早めに収穫してしまう場合がほとんどです。

ほかの果物なら追熟といって

収穫後も熟していくから

早めに収穫してもいいのですが、

いちごにはこの追熟がない。

青い時に採ったものは赤くはなりますが、

味や品質は

日に日に落ちていきます。

本当は、

真っ赤になった完熟いちごが

ふわふわして一番おいしい。

これをみんなに食べてほしいから、

やっぱり直売じゃないと、と思ってきました」

その思いが、

イベントに出せば長蛇の列ができる

人気スイーツとして形になった。

その名も「いち氷(いちごおり)」。

シンプルかつ力強いネーミングは、

自信の表れのようにも感じられる。

真っ赤な完熟いちごがたっぷり入ったかき氷は、まさにいちご農家だからこそできるスイーツ

イベントで毎回人気のいち氷

現在は、県内に「いち氷」の

常設店を構えるための準備中。

物件選びに欠かせないマーケティングや

資金調達などの面で、

6次産業化プランナーによる

支援が始まったばかりだ。

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