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事例紹介

~宮城県6次産業化サポートセンターの事例紹介~

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「桃薫」と苺石鹸

事例5:「桃薫」と苺石鹸

相談者:いちご倶楽部株式会社(大崎市)

主な支援内容:事業計画作成


経験を生かして新しい農業を

洋服や化粧品の販売など、

農業とはまったくの異業種で長年

キャリアを築いてきた田内伸子さん。

21歳の時に結婚し、大崎から静岡へ。

40代で関西に移住し、

最後に勤めた化粧品販売会社では

理事、役員にも就任した。「50歳で

目標を失った」と笑う田内さん。

会社を辞め、これからは自分の経験やスキルを活かし、

オリジナルの商品を売りたいと法人を立ち上げた。

「さて、何を売ろうかな、と考えた時、

軽井沢でいちご農園をやっている人たちと出会ったんです」。

特に魅力を感じたのが、夏いちごだった。

そのほとんどが輸入品で、

農薬の使用も多いと知り、

田内さんは安心安全な国産の夏いちごを栽培しようと考えた。

「米農家だった実家の様子を見ていて、

農業には興味を持てませんでした。

でも、難しいと言われる国産の夏いちごを実現することは、

新しい挑戦でやりがいが持てる。

いちごは私の得意分野である美容と健康にもつながるし、

これしかない!と思いました」

相談者の田内伸子さん

2009年には、化粧品会社の仲間たち

約10人と関西に住まいながら軽井沢で

200坪のビニールハウスを共同購入。

最初の年は収穫できなかったが、

2年目の夏には手が追いつかないほどの豊作で、

泣く泣く廃棄しなければならないほどだった。

同時に田内さんたちは、

桃の香りがすると言われた開発中の新品種

「桃薫(とうくん)」の栽培に挑戦。

その初収穫に成功したのが、

奇しくも、東日本大震災が起きた2011年3月のことだった。

大粒でピンク色の実、桃の香りが特徴の『桃薫(とうくん)』

震災の影響で関東でも混乱が続く中、

収穫した『桃薫』は知人の紹介もあり

東京の大手デパートにおける販売につながる。

粒の大きさと白桃のような味と香りが絶賛され、

9個入りのギフト箱に1万円の値がつくなど、

ビジネスとして大きな手ごたえを感じることができた。

また、田内さんの中では、

震災で被害を受けた故郷への思いも強くなっていく。

ちょうど前年には、

会社の登記を実家の農地の住所に移していたこともあり、

田内さんは軽井沢のハウスから手を引き、

大崎市にある実家の農地で、

一から事業を始めることを決意した。

2012年には、六次産業化・地産地消法に基づく

「総合化事業計画」の認定を受け、

希少品「桃薫(とうくん)」の栽培と

規格外品を利用した「苺石鹸」の開発・販売事業をスタート。

その後は製薬会社などと連携し、

化粧品の原料となるいちごエキスの抽出にも成功、

国内特許を取得するなど、

快進撃を続けてきた田内さん。

宮城県6次産業化サポートセンターによる

本格的な支援が始まったのは、2016年頃。

石鹸をはじめとする化粧品の商品化と販売に向け、

田内さんの事業がいよいよ大きく

動き出そうとするタイミングだった。

「これまでは自分の思いだけで走ってきましたが、

これから先は事業の規模が大きくなってくるため、

専門家に入ってもらわないと難しい。

いちごを生産するだけでなく、

規格外のいちごを利用した化粧品の開発と商品化、

さらにはそれを売る販売員の育成までを行い、

故郷の雇用拡大につなげたいと思っています」

6次産業化プランナーはまず、

現状の整理と事業計画の作成を提案し、

改めて田内さんの方向性を確認してもらった。

関係するさまざまな機関や会社との連携、

協働も始まっている。

「当事者同士ではなかなか突っ込んで話せない

お互いの条件なども、第三者として

6次産業化プランナーさんに入ってもらうと交渉がしやすい。

後からトラブルになりにくいと思います」と田内さん。

事業が大きくなるにつれ、

初めて取り組むことも増えてくるが、

伴走してくれる相談者がいることは

本当に心強い、と話す。

苺石鹸の試作品。色素は無添加、商品化の際は香料も使わずに販売する予定

 

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